『サライ』2021年9月号「半島をゆく」の挿画(最終回)

8月 9th, 2021

2月の下北半島でスケッチをする北村

『サライ9月号』の「半島をゆく」(p99〜103)文・安部龍太郎、解説・藤田達生、挿画・北村さゆり。
最終回。江戸前島編 その⑨ー「栗橋関所」

挿画は、利根川と江戸川の分流地点→こちら

縄文時代は群馬県館林市あたりまで、湾だったそうです。私たちの生活は水害に遭いながら、人の知恵で治水を繰り返し、現在の水と緑ゆたかな生活が維持できていることがよくわかります。
コロナ禍で、他県への移動が制限され、やむを得ず東京の企画になったようでしたが、東京に住む者として、江戸前島編は、日常的な知識でありたい内容です。

今号で安部龍太郎さんの「半島をゆく」の連載は最後となります。
2014年から始まり、北村は2017年の9月号からの後半を担当させていただきました。
国東半島、しまなみ海道、房総半島、下北半島、三浦半島、西彼杵半島、島原半島、渡島半島、敦賀半島と福井の半島、佐渡島の半島、そして江戸前島。振り返るとこんなにもご一緒させていただきました。二泊三日〜三泊四日の旅で、台風接近で東京に戻れなくなった事が二度ありましたが、取材の時に雨が降ったのは、島原半島の時だけでした。現地で、ご案内いただいた学芸員さんや、地元の皆様。その後、いかがお過ごしでしょうか?現在、安部さんは新聞連載中。藤田先生は、三重大学で副学長に就任された上、故郷の市史編纂の委員もやられています。カメラマンの藤岡さんは、今も、小学館のありとあらゆる撮影担当です。そして、この仕事を私に振ってくださった小学館の今井さんも、歴史や猫の書籍の編集をされながらの、「半島をゆく」の準備や同行取材でした。お疲れ様でした。
みなさまに、心よりお礼と感謝を申し上げます。
幸運な仕事でした。この経験が糧となる作家でありたく、今後は制作に精進して参ります。

安部龍太郎さんの「旅の終わりに」と題されたページもあります。
本を手に取ってご覧いただけると幸いです。

鎌倉鶴岡八幡宮「ぼんぼり祭り」

8月 8th, 2021

鎌倉鶴岡八幡宮「ぼんぼり祭り」
2021年8月6日(金)から9日(月)まで 。
ぼんぼり絵を奉納してます。

今年は、母の新盆で、極めて個人的な絵になりました。詩は、母の49日過ぎに引いたお神籤から。
最初は白装束で進めていたのですが、途中から禰宜と巫女に見えるように彩色しました。棘のある植物は”NG”ですが、母に似合模様として描きました。
コロナ禍にあり、親族で集まることもできず、奉納という形に変えて気持ちを伝える事ができたように思います。写真は、鎌倉在住の知人から送られたものです。(デルタ株の感染力が怖いため、長旅を避けております)

サムネールをクリックすると画像は大きくなります。

『NHK俳句テキスト』10月号カット

8月 6th, 2021

 

NHKテレビテキスト〈NHK俳句〉2021年8月号カット

7月 15th, 2021

NHKテレビテキスト〈俳句〉2021年8月号。 〈俳句テキスト〉購入サイト →

片山由美子先生の“見直し「俳句の常識」ー口語ー”の例句からカットの絵に想像を飛ばしています。
「風鈴や電車が通るたびに鳴り」からのイメージ。→ こちら
都電や江ノ電は、軒先ギリギリを走る場所もあって、びっくりするが、この句はまさにそんな環境に建つ家の住人が詠んだのだろう。

テキスト目次にカラーで載っています。手にとって、ご覧ください。

『サライ』2021年8月号「半島をゆく」の挿画

7月 12th, 2021

『サライ8月号』の「半島をゆく」(p99〜102)文・安部龍太郎、解説・藤田達生、挿画・北村さゆり。
第21話。江戸前島編 その⑧ー「風雲関宿城」

挿画は、関宿城址から関宿城博物館を望む→こちら

関宿城博物館は、利根川と江戸川が合流する地点に築かれたスーパー堤防の上にある。実際の城は江戸川沿いにもう少し下がったところで、その地点から関宿城博物館を見たのが、今回の挿絵である。
今年も日本列島をいじめている大雨による水害。とても胸が痛い。
利根川も暴れ川だった。それを管理する治水工事で流路を安定させていたという。それが、「利根川東遷」←ここをクリック。国土交通省 関東地方整備局の解説が読めます。
つまり、「いまの利根川の流れは、人の手により東へ流れを変えてできたもの。 江戸時代に少しずつ東へと流れを移し変える大工事が、約60年間にわたって行われた。 これを東遷(とうせん・東へ移すこと)と言う。 それまで東京湾に向かって流れていたが、人々の努力によって現在のように千葉県銚子市で太平洋に注ぐようになった。」のだそう。
安部さんは、戦国武士たちの同行とともに、描かれています。本を手に取ってご覧いただけると幸いです。

『NHK俳句テキスト』9月号カット

7月 6th, 2021

『サライ』〈半島をゆく〉挿画

7月 6th, 2021

 

たくさんありがとうございました。

6月 21st, 2021

4月3日から始まった「現代日本画の系譜 タマビDNA展」
6月14日から始まった「薫風献上ー文人画の風Ⅲ」
昨日、どちらも終了いたしました。
昨年に引き続きのコロナ禍。それでも見に来てくださる方がいらっしゃる事に感謝しかありません。ありがとうございました。

着物姿の浅見貴子さんとの写真は、6月19日に多摩美大美術館の地下で撮影したものです。木下京子先生がモデレーター(司会進行)となり、加藤良造氏、浅見氏、私が、展覧会を通じて振り返る座談会のようなことをしました。
おこがましくも、私は加山又造先生がクラス担任。入学時にアトリエで先生を囲んで、てんでで座って承った言葉が、今も日々背中を推しています。

木下京子先生が多摩美の日本画教育の考察をまとめてくださっているカタログの377ページに、横山、加山、両先生が1970年の学友会パンフレットに寄稿している文章が紹介されてます。
横山先生は「新入生へ」というタイトル。
加山先生は、「新入生の中の一人である君へ」。

当時42〜3歳の加山先生が、制作を続ける厳しさを率直に書かれています。
アトリエで聞いたときは、54〜5歳と思います。言葉が丸くなり、子供のように見える我々に優しく伝えたのだとは思いますが、私にはこの文章のように胸を突きました。自宅で読んだとき、当時の空気ごと降りてきたのか、号泣してしまいました。号泣です。。。なんでかな?・・・いえね、今の私に、持続させる難しさが骨身に染みているからです。

私はダメダメ学生だったので、絵が面白くなって真剣に取り組み出したのは3年生も終わり頃でした。制作する年数が増えれば増えるほど、この時の先生の言葉が突き刺さり、制作を続けるのは、厳しいことだと実感してきます。

晩年近くの先生にも2人きりでお会いしてます。その時は、違う一面も見えました。
私にその気持ちがわかる日は来るでしょうか。

横山、加山、両先生の言葉は、今もタマビDNAの核を成していると思います。

企画を立ち上げて実現するに至るまで、携わった全ての皆様に感謝いたします。
今回のDNA展の作家は、ごく一部を切り取ったに過ぎないと思います。
別の切り方ができる、余力あるものにして行くのも、またタマビDNAだと信じています。
諸々のご尽力には、頭が下がります。
ご苦労様でした。

コロナさえなければ、大宴会やりたかったなぁ〜。北村さゆり拝(facebookよりそのまま引用)

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展示中の扇面の画像をupしました。

6月 18th, 2021

会期中の文人画展の扇面に、落款が入り完成。
worksに画像をupしました。
こちら→ A   B   C

展覧会のお知らせ。

6月 15th, 2021

P10号「息」

TOKY◉ Bunjinga【薫風献上ー文人画の風Ⅲ】
会期;2020.6.14(月)〜20(日)
時間;12〜19時、最終日は17時まで
場所;柴田悦子画廊
住所;東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2階
電話;03-3563-1660

北村の扇面は、こちら→ A   B   C
P10号「息」は、こちら→ 

〜DMの紹介文より〜
「文人画の風Ⅲ」
中国の唐宋元の文人画に倣うことから始めた「文人画の風ー薫風献上」のSeasonⅢ。今回は「日本の文人画」をお手本に各作家が趣向をこらした扇子が勢ぞろい。池大雅、与謝蕪村はもちろん、初期文人画の祇園南海、城百川あり、さらに江戸後期個性派の浦上玉堂、田能村竹田まで。中国文人への激しい憧れのゆえに熱い個性的筆墨表現を創り上げた江戸文人画に倣った現代の扇面の中に吹く風は、きっと豊潤な芳せを多く含んでいるに違いない。筆墨の妙、ここの極まれり。(不忍しのぶ/アート・ディレクター)

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短冊「紅白梅」

短冊「紅白梅」

 

 

NHKテレビテキスト〈NHK俳句〉2021年7月号カット

6月 14th, 2021

NHKテレビテキスト〈俳句〉2021年7月号。 〈俳句テキスト〉購入サイト →

片山由美子先生の“見直し「俳句の常識」“オノマトペ”の例句からカットの絵に想像を飛ばしています。
「翡翠(カワセミ)の影こんこんと遡り」からのイメージ。→ こちら

テキスト目次にカラーで載っています。手にとって、ご覧ください。

『サライ』2021年7月号「半島をゆく」の挿画

6月 14th, 2021

『サライ7月号』の「半島をゆく」(p79〜82)文・安部龍太郎、解説・藤田達生、挿画・北村さゆり。
第25話。江戸前島編 その⑦ー「中川船番所」

挿画は、小名木川→こちら

現在の小名木川は「川」と言われていますが、実際には徳川家康の命で築かれた全長約5kmの「運河」でした。
江戸前島編は、兎に角興味深いことばかりです。4月号の石川島の灯台の石垣もそうでしたし、6月号の常磐橋もそうでしたが、江戸城の堀の石は大活躍しています。というのは、昔は遠浅の海だったので、大きな石はなかったのだそうです。つまり、築城の時に持ち込まれた石が、現在も大切にされているということなのです。
もっと興味深いことが盛りだくさんですので、お手にとって読んでみて下さい。

『NHK俳句テキスト』8月号カット

6月 14th, 2021

 

 

息 Ⅰ

5月 30th, 2021

『サライ』〈半島をゆく〉挿画

5月 29th, 2021

「現代日本画の系譜 タマビDNA 」 展。

5月 16th, 2021

「現代日本画の系譜 タマビDNA 」 展
会場;4月3日〜6月20日多摩美術大学美術館(火曜休館)
・・・10:00〜17:00(入館は16:30まで)
主催;多摩美術大学、多摩美術大学美術館、多摩美術大学日本画研究室、横山操学内研究会
多摩美術大学のHP  → こちら
全会場、入館無料。

ー関連イベントー
・特別講演会
・上映会「教育者としての横山操・加山又造」、「多摩美術大学日本画について」
詳しくは、こちら ↓ にお問い合わせください。
「イベント申し込みフィーム」→ こちら
tel ; 042-357-1251(多摩美術大学美術館)

「映・春の風」が、多摩美術大学美術館(多摩センター駅、徒歩7分)に展示されています。
横山操先生は1973年に逝去され、 北村は1982年入学の加山又造クラス。

〜展覧会趣旨〜
多摩美術大学日本画専攻は、本学の前身である帝国美術学校(1929年創立)の日本画科・西洋画科・工芸図案科の三本柱の一つとしてはじまり、多摩帝国美術学校の開校(1935年)より安田靫彦が特別顧問を務め、4年制大学への昇格を経て、本学日本画専攻の92年にわたる歴史の礎が築かれました。そして1963年に加山又造が着任し、その2年後に横山操が招聘されたことで、専攻のあり方が大きく変化しました。この個性あふれる魅力的な二人が手を携えて教鞭を執ることにより、日本画の因習や伝統に捉われない自由な発想による日本画教育が生まれたのです。以降、加山・横山の精神は継承され、本学では日本画を出自とした様々な表現を尊重し、多彩な作家を育成してきました。
本展では、加山又造と横山操を「現代日本画」の旗手として捉え、本学日本画教育の中興の祖と位置づけました。そして加山と横山から薫陶を受けた教え子たちが二人の理念をどのように次世代に伝え、今現在まで受け継がれているのかについて、89名の作家たちの作品を展観することで検証します。
本展を多くの方々にご高覧いただけましたら幸いです。

第二会場の展示は5月7日を持って終了致しました。八王子の山奥の大学まで足を運んで下さった方にはお礼を申し上げます。第一会場は6月20日まで展示しております。
第二会場;4月3日~5月7日 多摩美術大学八王子キャンパス
・・・・・アートテークギャラリー1F、2F(日曜.5/3,5/4 休館)
・・・・・10:00〜17:00(最終日の5/7は15:00まで)

NHKテレビテキスト〈NHK俳句〉2021年6月号カット

5月 15th, 2021

NHKテレビテキスト〈俳句〉2021年6月号。 〈俳句テキスト〉購入サイト →

片山由美子先生の“見直し「俳句の常識」“比喩”の例句からカットの絵に想像を飛ばしています。
「白酒の紐の如くにつがれけり」からのイメージ。→ こちら

テキスト目次にカラーで載っています。手にとって、ご覧ください。

『サライ』〈半島をゆく〉挿画

5月 14th, 2021

 

『NHK俳句テキスト』7月号カット

5月 10th, 2021

『サライ』2021年6月号「半島をゆく」の挿画

5月 9th, 2021

『サライ6月号』の「半島をゆく」(p109〜112)文・安部龍太郎、解説・藤田達生、挿画・北村さゆり。
第25話。江戸前島編 その⑥ー「江戸のなごり」

挿画は、「浜離宮」→こちら

前回に続き、水の都「東京」の川下り編です。船上なので密にならないというので、久しぶりに私もご一緒できた取材です。文中にも紹介されている「今半」のすき焼き弁当は、抜群においしかったです。
千代田区観光協会理事の岡田邦男さんの、流れるような解説がとにかく素晴らいのです。小さな川船を借り切っての川下り(三浦屋さんで、誰でも予約できます)。
江戸東京の散歩好きな方には、絶対にお薦め!東京の見え方が変わります。
詳しくは、6月号の安部さんのレポートにありますので、ぜひ、ご一読を。
挿画を描く段階で、原稿を読んでいる時もあれば、そうでない時があり、今回は後者でした。鳥羽伏見の戦いの後に慶喜が開陽丸に乗って、大阪から江戸に来た時、この海岸の船着場から上陸したとあります。絵では石垣の右端からが階段で、ちょうど描いてません。残念。その階段を使っての上陸だったわけです。